10代から熱い支持を受け続けるホラー作家、山田悠介の作品を知る

人気の秘密

好きな作家として

小中高生といえば、近年では活字を読まなくなっていると社会問題だと専門家が嘆いていたことを思い出させる。そういう兆候ももしかしたらあったのかもしれません、それは否定しません。だがこの点については個人的に『そんなことはないだろう』と、いつも反感を持っていた。世代的には筆者自身にも関わっていたので常に記事やニュースを見ていたが、活字を読む機会が無くなったとは筆者本人ではありえなかった。むしろ小説はもちろんだが、文を読むという行為を敬遠していたということすらない。まぁ筆者の場合は特殊かもしれない、何せ何を血迷ったのか中一で哲学書を読み漁るという奇っ怪なお子様だったからだ。ませていたのかもしれないが、単純に興味があっただけなのだが誰も信じてくれなかった。

文章を読まなくなったというが、それは新聞などのことを指しているのかもしれません。社会の情報に疎くなり、漫画などの視覚的表現にしか頼れなくなっていると言いたかったのかもしれないが、むしろインターネットで文字を読む機会が増えたのではないか。またその頃には携帯小説が流行していたこともあって、文字と密接に関わらなくなったというのはやや突拍子もないと思ったものです。そもそも、学生なら文字との格闘を日常茶飯事に社会人と同等まではいかずとも戦ってはいるものだ。

そうでなければ彼の人気が支えられている理由に結びつきません、最近では活字離れという言葉もあまり耳にしなくなっているのがその証拠でしょう。ではどうして10代の青少年が好んで山田悠介という作家を愛好しているのかというと、それは彼の作品を見ればよく分かる。

一文の長さ

文章は長すぎず、短すぎない方がいいと言われる。長過ぎると説明臭くなって理解が追いつかず、短文過ぎると逆に簡素に見えてしまう。普通の長さってどのくらいやねん、とは筆者も度々永題として悩まされている問題だ。長くならないようにしたい、しかし短くなりすぎてもいけない、文章書きにとってこれは由々しい限り。長文でも短文でもない、標準的というものにまとめるにはやはり言葉の使い方が重要な鍵となる。同じ言葉を使いまわさず、言い回して表現の幅を広げようとする、書き手なら誰でもやっていることだと思います。

しかし見たことがない単語を見つけると、意味が分からなくて調べる必要があります。筆者も経験がある、『蠱惑的』という表現を見た際には狂わされるほど惹きつけられるという意味を見た時には関心したものだ。常用的な単語ではない物を見かけると、人はまず調査しなくてはならない。小中高生にとってこれは中々苦痛なのかもしれません。

平均して10~20語

そんな文を読むのが苦手な人に対しての配慮なのか、山田悠介さんが執筆している作品の一文は非常に簡潔だ。計算してみると、短いもので10語前後、どんなに長くても20語ちょっととなっている。しかもこの長さの文章を連続し、おまけに普段使わないような単語を見かけないとなれば小学生はもちろん中高生達でも読みやすいと思われる。逆に言えば彼の作品を批判している人たちからすれば、こうした取り組みが受け入れられないというのがあるのでしょう。

同じ言葉を使いまわしているだけだ、というがならば自分で書いてみろとそこは言いたくなる。それこそ一作品10万文字も自分で構成したらどれほどの苦労があるのか、分からないから言えるのでしょう。

短さが仇となる場合も

しかしわかりやすさを意識した文章を、いつまでもファンが求めているかといえばそういうものでもない。それというのも、彼の作品を呼んで成人して社会人となった人がいざ彼の作品を読み返してみると物足りない、そう感じる人も多かった。文章を読むための練習、とすれば彼の作品はいい練習になるかもしれません。ですがいい音ながら使いまわされて味気ない文章を読んでいても、いつかは秋が来てしまいます。

小中高生たちにすればまず最後まで読みきれないと小説は読む気にはなれません。なのでホラー小説家としての側面が強いのは、主に彼の作品が10代の少年少女をターゲットにしているものと考えるとしっくり来る。大人が読めないではないが、簡易な文章で短くカットされた一文の長さをずっと読まされるのは中々シビアと感じるからこそ、彼は30代以上の人々から批判されているとすれば理解できなくもない。

そういう意味では

若者にとってはとにかく言葉を簡潔にまとめるのが流行りだ。『キタコレ→ktkr』という感じに約8文字操作しなければいけないのを4文字で済ませられる。何処まで面倒くさがりなのかと思うが、そういう若者の気質に目をつけてこうなったとすれば合点がいく。

熱狂的なファンもいて、さらにデスゲームという人気に火がつきやすいテーマを取り入れる事が多い山田悠介さんの作品、10代の若者にとってはバイブルとでも言うのか。そこまで大仰なものでなくても、一度は読んだことがある程度に受け入れられている、そう見えるはずだ。